激混みフィレンツェで体感した日本人の希少価値|穴場は上空と裏路地、お昼時のウフィッツィ

どうもー皆さま、ボンジョルノ♪

間が空きまくりですが、フィレンツェ旅こぼれ話の続き&最終回でーす。

▼フィレンツェで食べたものと道中話

ポンテ・ベッキオが落ちそう!2026年、フィレンツェの混雑ぶり

春爛漫のフィレンツェ旧市街は、どこもかしこも人、人、人。

▼8年前も混みっぷりに驚いたけど…

フィレンツェ在の人々からは「旧市街にはもう行けない」と何度も聞きましたけど、、、パレルモのオーバーツーリズムなんて、ほんの序の口。観光客が店の前で壁を作るから、市場で買い物がしづらい!などと文句を言ってるのが、恥ずかしくなるwくらいの混みっぷりでした。

そんなフィレンツェ人の一人が「先日、ベネチアに行ってきたけど、もっと酷かった」と言ってましたけど、これ以上って…ベネチア沈みっぷりは、凄まじそうですね。

渋谷みたいなシニョーリア広場

シニョーリア広場は地面が見えないし、ポンテベッキオ橋も落ちそうでした。ずらりと並んだ貴金属屋さんの前で、セルフィーを撮る群れの合間を縫うように小走りするイライラしたアジア人(私)は、きっといろんな動画に見切れてることでしょう。

原宿の裏通みたいなアルの川沿いストリート

イタリア語よりも英語がよく聞こえる街で、目立って多かったのは、アメリカ人と韓国人。パレルモだと、フランス、スペイン、ドイツなど欧州の方々が多いですけど。各街で、ツーリストの国籍に偏りがあるのも面白いものです。ローマはどうだっけ…全般的だったかな?

喧騒を逃れて「上」へ、そして「裏」へ

旧市街のメインどころは激混みでしたけど、ちょっと離れるとひと息つけるくらいには空間があり、さらに上に昇ると、爽快でした!と言っても、ドゥオモに登ったわけじゃないですが…(数時間待ちだし、一生に1回登ればいいですよね…)。

ドゥオモと同じ高さでひと息。穴場のルーフテラス

ドゥオモを同じ高さに見るエクセルシオールのテラス

ちょっと離れて上。意外な穴場ですね。

最上階のコジモ・バー。屋根の上はナプキンが散らかり放題w
アルノ川も一望

路地裏で見つけた、静かに残る歴史の記憶

あと、路地裏。

人混みを避けて裏路地に入っても、人混み。みたいな道もありましたが、急に人がいない。なんてこともあって、急に周りを見る余裕が出てw、急にフィレンツェの歴史を堪能したりもしました。

ワインの窓 buchette del vino
ワインの直売り小窓。16世紀のペスト流行時にも感染を避けて売ることができて便利だったらしい(諸説あり)
フィレンツェの腕 Braccio Fiorentino
周囲にあった布地屋さんが基準にした金属棒。ケチな人を指すイタリア語の表現「braccino corto(短い腕)」の語源(諸説あり)

アルノ川氾濫時の水位パネルや中世の建物を支える木の支えとか、喧騒の合間に、静かに残る歴史の記憶を見つけるのも醍醐味ですねー。

パレルモみたいに紀元前300年前の基礎石が雨ざらしw!みたいな雑のことにはなく、メインの見どころじゃなくてもちゃんと整備されてるあたりに、几帳面なトスカーナ人を感じたりもしましたよ。

ウフィッツィ美術館はお昼時が狙い目?

ところで、これもまた急でしたが、瞬間できた空き時間にウフィツィ美術館の見学もしてきました。前日に予約を入れてもらいました(ガイドさん付きチケット)が、お昼の時間帯に空きが見つかってラッキー。

存分に混んでるように見えますが…

ご案内してくれたガイドさんによれば、「空いている!」とのことw。お昼時が狙い目かもと言ってました(タイミングによるとは思いますが)。

10何年かぶりのウフィッツィ美術館でしたが、やはり素晴らしい!何度でも、行くたびに観に行く価値がありますね。できれば1日中でもいたいくらいでした。観たものの一部はインスタの方でUPしてます。

日本人は「希少な存在」になった街で

そんなわけで、毎度、激混みっぷりに驚いてしまうフィレンツェ(忘れた頃に再訪するから何度も驚く仕組み)でしたが、そこに日本人観光客の姿は、本当にわずか…。

あちこちで「日本人はどこにいった?!」と言われ続けて、早数年。もういないことがデフォルト化したのか、最近は、逆に珍しがられてチヤホヤされることが増えてる気がしますよ。

ウフィッツィ美術館から見たアルノ川とポンテヴェッキオ♡

ホテルの朝食ルームで、ホテルの人に「日本人?私、日本が大好きなのー!」と話しかけられ、昔々、日本人客にもらった折り紙?をわざわざ取りに行き、そして見せてくれて、「カフェは、私に任せて!」と丁寧に入れてくれたらしいカプチーノをいただく@毎朝。なんてことがありました。

日本に行く人が増えて、余計身近になったのに、今度は日本人がいないじゃないか!みたいな感じで、見つかるとwチヤホヤされる。あ、これは以前、パレルモでもありましたね。話しかけたくてウズウズされるヤツ。

家電や車、コスメから日本メーカーが消えていくのを目の当たりにし…寂しい気持ちで眺めてきましたが、日本人自体も希少な存在になってしまったんでしょうかねー(大事にされて良いけどw)。

歴史ある街も30年くらいあれば「中身」は変わる

そんな時代の移り変わりを感じたせいか、あるいは、滞在中に何度も目にしたポンテ・ヴェッキオに誘われたのか。 今回はやけに、1900年代の終わりに初めてフィレンツェに語学留学したときのことを思い出しました。

アルノ川沿いが通学路。誰もいないベッキオ橋を通って毎朝通ってたので…。

まあ、30年も経てば、そりゃ変わりますよねー。リラから極度な円安ユーロ高に、いっぱいいた日本人も、アメリカ人と韓国人に…ポンテ・ヴェッキオも落ちそうにw。

ウフィツィ美術館にあった1850年頃の写真。アルノ川沿いには布地職人さんが住み、川で染め物を洗っていたそうな
同じ場所じゃないけど、180年後の今は、アルノ川沿いっつったら物件価値高いエリアよねー。時代と共に場所の価値も変わる…

長い歴史が宿る街の建物自体は変わらないけど、100年以上経てば価値観も変わるし、30年くらいだとソフト面に変化があるのは自然かもしれない。

ま、若き日を過ごした懐かしい場所に行くのは、良いですね。いろいろ思い出すし、思い出しながら違いを楽しめて、これも旅の醍醐味ですね。

どうぞ違いを楽しんで良い金曜日を!
Buon venerdi!

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