喪服のないイタリアのお葬式と渦巻く冬の波

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どうも皆さま、ボンジョルノ。

今日はベネチアでは、カーニバルがスタートし、トルコでは大きな地震も…(心配ですね)、そしてパレルモでは、モンデッロ出身の画家グイド・バラーリ氏のお葬式がありました。

ピンキー(夫)の若い時のヤンチャ仲間…。私も何度もお会いしてる方なので、、、参列してきましたよ。

イタリアのお葬式の喪服感の無さ

彼の愛したモンデッロの海沿いの教会で行われたお葬式。

多くの方が参列していましたが、想像以上に喪服姿がなかった!(ってそこw?!)

多くの方々がお別れに訪れあふれる教会

ご両親もアーティストの根っからのアーティストだけに、あまり格式張ってはないから服装はなんでも良いと言われていたし、そもそもイタリアのお葬式は親族以外は喪服を着ないものだけど、ほとんどが普段着で、中にはジーンズ姿もあって驚きました。

日本の厳しいお葬式マナーに比べると、ホント、緩やかです。

ちなみに私は、一応、黒のセーターとスカートでしたが、セーターにはラメ糸が入ってたし、サングラスにブーツだし。日本だったらNGですよね。ピンキー(夫)は、グレーの上下に白いライン入りの黒スニーカー。こちらも全くNGですね。

でも、目を真っ赤にして涙で参列する皆さんを見ていると、、、故人とのお別れに最大限に集中するのに、常識の範囲内であれば服装などどうでも良いのかも。

悲しみながらも細かく、服装やマナーに気を遣わなければならない日本のお葬式は、厳しいのぅ。

などと考えながら、しかし、その厳しさは、感情に流されず冷静さを保つための仕組み…だったりするのかもしれない。日本とイタリア以外の国でお葬式に参列したことがないけど、他国の喪服事情はどうなんだろ。

とモヤモヤしているうちにミサは終わり、出棺となってしまいました。。。(何やってんでしょう)

冬の朝の光に満ちたモンデッロ広場

棺の行き先は、火葬場ではなく、墓地。

コルテオ(葬列)に参列し、またも、身体のカタチがあるうちに土に埋められるのは苦しそうだな、とか、かと言って焼かれるのもな…などとモヤモヤしているうちに、コルテオ終了。三々五々バールに向かって解散となりました。ホントに…そこにいながら参加してなかった気がする…。

波が渦巻くモンデッロの冬がお別れを

モヤモヤしてる間も現実はそこにあり、ピンキー(夫)は、30年ぶりに再会できた友達に会えたり、別の友達は、待ちに待っていた朗報がなぜか今朝届いたりしたなど小ニュースもあったので、「それはきっと、グイドさんが繋いでくれたご縁だね」とか言っても、イマイチ通じなくてw。そうか、仏教的な考え方だったか…と改めて気づきました。

熱心な教徒ではなくても、身近な宗教が物事の発想の元になっている場合は多々あるもので…異文化の深い谷を越えるには、知識と理解が必要不可欠ですね。

東映っ!って言っても、誰わからなかったよ〜w(寂)

それにしても海は荒れていて、まるで悲しんでいるようにも見えたけど、空気が透明で神々しくもありました。美しい日に天に召されてゆく人よ…。

あ、渦巻いてる!

Ciao〜!とグイドさんが言ってるみたいで急に号泣

R.I.P.。。。

寒かったけど、春はもうすぐそこ。モンデッロまでの道中、アーモンドの花が咲き始めてるのを見つけました。

どうぞ良い火曜日を!
Buon martedi!

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