どうも皆さま、ボンジョルノ♪
イタリアの夏のピーク、フェッラアゴースト(8月15日/聖母被昇天の日)を前に、パレルモの街はますます閑散としております。
バカンス?ええ、そうとも言いますが、夏の家に大移動してるから。とも言えます。
夏の家…それは曰く、別荘ですが、シチリアでは、案外街の近くだったりもします。パレルモだと、モンデッロをはじめ、裏山の方とか海沿いの他の町々とか。
車で30分以内で行ける近所の夏用の別荘=海の家。
シチリアの他の街も、似たような感じ。
「秋から春は街の家、夏は海の家」の無駄な優雅さ
こちら、シチリア島の西の端、マルサラのちょっとしたあたりに位置するマザラ・デル・バッロ(”踊るサトゥルス”が見つかった街ですよ)の友人の海の家。

夏の間は、街中にある家から海の家に移動します←車で15分くらいしか離れてない。
そうですねー日本だと、鎌倉に住んで、夏だけ葉山。みたいな距離感かしら。鎌倉でも十分海に近くない?ってなもんだし、より海に近いほうが涼しいから?と言えばそうでもなくw。
じゃ、わざわざ移動する必要ある?!と思わなくもないんですが、日常と切り離すことに意義があるんですね。
その無駄な労力を顧みない暮らし方には、ちょっと三島由紀夫の世界観を感じてしまったりします。無駄と優雅は紙一重的な…。
花火見るなら浴衣着る感じ。動きづらいし、涼しくないけど気分が素敵。ってやつですね。
合理性は欠いた、演出効果だけを求める行為って、心に余裕がないとできないもんで、事実、たいてい無駄っぽい物事が人生を豊かにしたりするから、心の余白は常に残しておきたいものだな、などと思ったりするわけです。
”近くの別荘”は冬の間も庭の手入れに行きやすい
そんな夏のお家の庭には、夏の木々がわんさかー。ハイビスカスやバナナが、さらに夏を演出しています。

裏庭には、柑橘類の木立とハンモック。

夏の家は夏らしく、夏仕様。夏だけ使う家だけど、街から近いからシーズンオフも植木の手入れに来れるというメリットもあるそうで、やだ急に合理的w(逆に夏の間は、ちょくちょく街の家の様子も見にいくんだとか)。
別荘遠いと、たまにしか行かないってなっちゃうし、行くとなると一大事だし、防犯上も心配は尽きないし。…近くの別荘ってのは、究極かもしれないですね。
バカンスというより「夏の家で過ごす」カテゴリー
リタイアした友人のご両親(家主)は、庭づくりを楽しみつつ、収穫した柑橘やオリーブで料理をしたり。
こういうのは、いわゆるバカンスというより、「夏の家で過ごす」が合ってる感じするんですよね。旅行でもないし、空っぽにもならないし(バカンスの語源)、通常よりさらにゆるーい日常がそこにはあるから。
無駄で優雅で「老後はこんな風に暮らしたい!」夢を詰め込んだ福々しいオーラを放つお家では、うつ気味だったボン先輩もご機嫌を取り戻しました(そりゃ取り戻すでしょーよ)。

その上、お母さんの極上シチリア料理付きですからね。飼い主も、ここに置いていってくれてもいいんだぜ。な気分になりましたよー。
どうぞ良いお盆を!
Buon Obon!


コメント