「ボスの中のボス」と呼ばれたマフィア、トト・リイナ死去

うーん、昨日からイタリアのトップニュースは、これ。

トト・リイナ獄中で死去。

Totò Riina, il boss di Cosa nostra stava scontando 26 ergastoli
Leggi su Sky TG24 l'articolo Totò Riina, il boss di Cosa nostra stava scontando 26 ergastoli

日本の新聞でもチラッと報道されているようですね。

最後の大ボス、トト・リイナとは

トト・リイナ(もしくはリーナ)とは、コルレオーネ村出身のマフィアの大ボスで、本名はサルヴァトーレ・リイナ。戦後台頭してきた田舎マフィアの一人で、70年代に組織を受け継ぎ、その明晰さと残虐さでコルレオネーゼ(コルレオーネ村のマフィアの組織。”コルレオーネ組”みたいな感じ)の勢力を拡大。マフィアの頂点に登りつめ、「ボスの中のボス il capo dei capi」と呼ばれました。

※あえて写真は載せません…。顔写真をサーバーに保存するのがなんだかちょっと^^;。上のリンクかググっていただければすぐ出てきます!

シチリア・マフィアは、ニックネームで呼ぶのが通例。トト・リイナのあだ名は、û curtu ウー・クルトゥ。シチリア語で「小さい男」の意味があります。イタリア語なら、ピッコロちゃんね。158センチと小さい背丈ながら、その暴漢ぶりは果てしなく、La Belva(野獣)とも呼ばれていました。

改心者(警察に情報提供したマフィア)の息子さんを誘拐・監禁し、最終的に酸で溶かしたり、ファルコーネ・ボルセッリーノ両判事を爆殺したり。

数々の凄惨な事件は、今でも人々の心に深く刻まれています。なぜならこれらの事件は、80〜90年代の話だから。そんなに遠い昔の話ではないのす。



遠い過去の話ではない…当時のスクープを撮り続けた写真家レティツィア・バッタリア女史も健在

ニュース番組でリアルタイムに見たり、ファルコーネ判事の空港道路爆破暗殺時の爆発音を市内で聞いた人に会ったりすることも。う〜ん、リアルパレルモライフですなぁ。

当時パレルモにいたピンキー(夫)は、「あの頃は、毎日毎日新聞に屍体写真が載っていた」と言います。夜は真っ暗で、コルレオネージVSパレルミターニの抗争に巻き込まれないよう出かける人も少ない中、ピンキー含めた若者たちはなにやら秘密クラブに集まっていたとか(どんなときものんき君・笑)。

それらの新聞写真を撮り続けた写真ジャーナリスト、レティツィア・バッタリア女史は今も健在で、ご自宅にお邪魔した際に、写真集にサインをしてもらいましたよ〜♪(のんき夫婦です)

レティツィアさんも、ワンコ好き!

閑話休題。

その時代、ジャーナリスト以外は「見ざる・聞かざる・言わざる」だったシチリアですが、1992年に英雄ファルコーネ判事の葬儀でセンセーショナルなことが起きました。



シチリアの人々の意識を変えた英雄ファルコーネの葬儀

未亡人となった女性が震える声で反マフィアを訴えたのです。マフィアの犠牲者である民間人がマスメディアで反マフィアを訴える。これが初めてのことだったそうです。このことがきっかけになり、怒りと悲しみに耐えきれなくなった人々の間に、マフィア根絶運動が広がっていったと言われています。

1992年5月25日当時のニュース映像↓

1992年って…日本は、バブル崩壊前夜ですよね〜…。

トト・リイナは24年の逃亡生活を経て、93年の逮捕から獄中で長々と生きながらえ、享年87歳。死刑がないイタリアでの最高刑がエルガストロ(終身刑)。数々の裁判で計26回のエルガストロを宣告されたトト・リイナは、26回生き返ってもその人生は刑務所の中で終えることになるのです。

もう一人の大ボス、ベルナルド・プロヴェンツァーノも昨年獄中死。世界にマフィアの悪名を轟かせる元凶となった二人の大ボスがこの世を去りましたが、マフィアの存在は消えて無くなった訳ではありません。インヴィシブルになっただけ。地下に潜りイタリアの経済界、政界にしっかりとその根を張っています。←マフィアがいるのはシチリアだけじゃないんですよ〜。

あ、よく「パレルモの治安は大丈夫ですか?マフィアとか…」なんて聞かれることがしばしばありますが、もし…石油王や大富豪、闇世界のシンジゲート二関わっているようなら気をつけた方が?!ってなところでしょうかw。

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